3月1日(月)からスタートする「Welcome Youthキャンペーン」は、都立の美術館・博物館6館をオンラインコンテンツや春の展覧会・イベントで深~く知ろうというもの。自らもどっぷりと沼にハマった学芸員・司書さんたちにちょっぴりマニアックな楽しみ方をお聞きして、新しい沼へと誘っていただきました。
東京都庭園美術館
副館長 岡部友子さん
1930年代のセンスが“映え”過ぎる!
アール・デコ様式の邸宅に感動
東京都庭園美術館は、どんな美術館ですか?
岡部 白金の森に囲まれ、昭和8年に朝香宮(あさかのみや)の個人の邸宅として建てられた歴史的建造物です。アール・デコという装飾様式が使われた、建物そのものがひとつの美術品とも言えるような美術館。宮様の邸宅、お庭、ここで開催される展覧会を3点セットで楽しめるのが、庭園美術館の魅力だと思います。
副館長さんってどんなお仕事をされているんですか?
岡部 わかりやすく言うと、旅館の女将(笑)。美術館の運営を全般的に目配せするマネージメントのお仕事なので、美術館を訪れた方が満足して帰っていただけるよう、またここで働く方々が気持ちよくお仕事してもらえるように、サービスの改善や問題解決に努めています。
お仕事の面白さはどこですか?
岡部 こういった素晴らしい環境の中で非日常的な時間を皆さまに提供して楽しんでいただけるということと、この美術館が好きでやりがいを感じているスタッフと一緒に働けることが嬉しいところです。私自身も庭園美術館がとても好きで、この建物や環境の良いところを多くの方に伝えたいなと思っています。
岡部さんが一番お気に入りの場所はどこですか?
岡部 2階に白と黒の市松模様の床のベランダがあるんですが、芝生のお庭が一望できて、ここは私が一番好きなところです。南側に面しているので、一日中日が当たって気持ちが良いんです。
これを知っておくともっと面白くなる、という観覧ポイントがあれば教えてください!
岡部 もともと宮様の個人のお宅として使われていた建物なので、1階はお客様をおもてなしするため、2階には家族のための居間や寝室があったりします。1階の大食堂ではお客様と食事をしたんだな、とかこの小食堂では家族で毎日食事をしていたんだな、と用途を頭に入れながら見るとイメージが膨らむと思います。もっとマニアックな見方をするなら、照明器具だけを見て回るというのも良いと思います。
部屋ごとに照明のデザインが全部違っていて、とても可愛いです。暖炉のマントルピースに使われている大理石も部屋ごとに違っていたり、パーツにこだわって見て、建築を通して、当時の宮様や職人さん、デザイナーたちのこだわりを発見するのも面白いと思います。90年近く前の建物ですが、今皆さんが見ても「オシャレ」と感じられると思いますし、庭園美術館の公式アプリで先に解説を聞いてから訪れるのもいいと思います。
当時のこだわりが見えるエピソードはありますか?
岡部 デザインなどに一番こだわられていたのは、妃殿下だったんです。正面玄関にルネ・ラリックというフランス人のガラス工芸家が作った、羽根を広げた女性のガラスのレリーフ(浮き彫り細工)があるんですが、フランスのデザイナーとは手紙でやりとりをされていたようです。ラリックがデザインのパターンを提案した際に、最初は女性がヌードの形だったそうなんですが、「東京から着衣をさせるようにという注文があった」というメモがデッサンに残っているんです。裸ではよくない、ということで(笑)
その結果、宮様の邸宅の正面玄関を飾るのにふさわしい、エレガンスなデザインになりました。デザイナーにお任せではなく、当時通信が不便な中で、宮様のこだわりを伝えながら作られたのが、随所から見えてくると思います。
ズバリ、岡部さんは、何マニア?
「花鳥風月」マニア
岡部 60歳を迎えるあたりから、自然界の美しい景色に心を動かされるようになりました。庭園美術館は白金の森に囲まれているので、今は美術館の内側よりも外側の環境の方に関心を持っています。
美術の沼の入り口はどこにありましたか?
岡部 きっかけは、中学2年生の時に上野の国立西洋美術館で行われていたセザンヌ展。当時の美術の先生が「セザンヌおじさんに会いに行こう」と連れて行ってくれました。「美術鑑賞」みたいな固い感じではなく、リラックスして観れたことが、沼の入り口だったかなと思います。その美術の先生に自由な価値観を教わり、高校生の時は美大を目指し、石膏デッサンなどをする日々でした。りんごや玉ねぎがいかに丸く見えるように描くかとか。当時はハマる、というよりは修行している、という感じでしたけど(笑)
Welcome Youthキャンペーン、おすすめの回り方は?
岡部 どこも常設展が充実しているので、1日1館をゆっくり回るのがいいと思います。3月の庭園美術館は「20世紀のポスター」展が行われています。20世紀初頭のまだコンピューターが発展していない時代に、すべて手描きで生み出されたデザインの数々は、今見ると逆に新しく感じられると思います。春は桜もきれいなので、ぜひお花見がてらいらしてください。
- 東京庭園美術館をより堪能するための10のポイント!
ここは允子内親王夫妻が建てられた「お家」
まず大前提として、この美術館は、朝香宮鳩彦(やすひこ)王と明治天皇の娘さんである、允子(のぶこ)内親王夫妻が建てられた「お家」だということ。パリでの暮らしを経験し、最先端のデザインに触れてこられたおふたりが、世界中から最上級の資材を集め、一流の職人たちと一切の妥協なく仕上げた邸宅なのです。
允子妃殿下の“映える”センス!
そして覚えておいて欲しいのが、この邸宅のキーパーソンが允子妃殿下だということ。
正真正銘のお嬢様でセンス良し、オシャレで才能溢れた才女。板谷さんいわく「パリ滞在中の允子さんは、最先端のファッションを着こなし、すごく楽しそうに笑っておられるのが印象的」とのこと。パリでは水彩画も習われていたとか。間違いなく超イケてるファッションリーダーです。
邸宅のあちこちに、允子妃殿下のたまらなく可愛いセンスと感性が溢れています。
室内用の噴水が香水塔に
1階の「次室(つぎのま)」にドドンとそびえる「香水塔」。これはもともと水が流れる室内用の噴水として備えられましたが、上部の照明部が熱を持つため、允子妃殿下が「香水を垂らしたらいいのでは?」と提案したことから「香水塔」と呼ばれるようになったそうです。なんとオシャレすぎる巨大アロマディフューザー!
允子妃殿下の寝室の注目ポイント
2階にある允子妃殿下の寝室には、楕円形の鏡のついた白いドアが。(これはインスタでもよく見かけます)ラジエーターカバー(暖房器用のカバー)は、允子妃殿下が自らデザイン。布シェードのついた照明は、滑車で上下に移動でき、本などを読む際には下ろせるようになっています。お部屋の壁紙は、当初ワインレッドの色をしていたそうです。
照明は部屋ごとにすべてデザインが違う
ここで天井を見上げて照明の可愛さに気付いてしまったら、もう一度すべてのお部屋を確かめてみたくなるはず。実は岡部副館長もおっしゃっていた通り、すべての部屋にデザインの違う照明器具がついています。先程のラジエーターカバーも然り。一つとして同じデザインはありません。
岡部副館長のお気に入りの場所
2階の允子妃殿下と鳩彦殿下のお部屋からつながるベランダは、白と黒の大理石が市松模様に敷かれ、ガラス張りの窓から広いお庭が一望できます。これが、岡部副館長がおっしゃっていた、「一番のお気に入りの場所」。鳩彦殿下はここでカナリアを、允子妃殿下はここで金魚を飼われていたとか。
こんなヨーロッパ最先端のデザインを日本で再現しようなんてリクエストに応えたのは、宮内省内匠寮(たくみりょう)と呼ばれる、皇室ゆかりの建築物を手がけるエリート集団でした(完全にアベンジャーズ)。内匠寮の若手ホープ・権藤要吉(ごんどうようきち)が本邸の基本設計と内装を担当しています。
こだわり抜かれた資材
そうなると、もっと秘密が知りたくなりますよね。次は壁にも注目してみてください。
例えば1階の大広間のマントルピースに使用された黒い大理石(よく見ると金色のマーブルが細かく入っています。これは「ポルトロ」と呼ばれるイタリア産の大理石。見る人が見れば恐れ慄くほど高価な希少石らしいです)を真ん中にして、すべてがシンメトリー(左右対称)に設計されたこの部屋。
壁にはウォールナットが使われていますが、実はこれも幅広の木材を、“ブックマッチ”と呼ばれる手法で木目が左右対称になるように張り合わされています。
最高峰の職人技術
1階の大食堂はどうでしょうか? 円を描く天井に白く塗られた漆喰。手作業でアーチをつけながら筋を入れるこの左官技術は、今の左官さんがご覧になると唸られるそうです。
この部屋の照明にはルネ・ラリックによるパイナップルとザクロをかたどったシャンデリアが使われ、ラジエーターカバーはお魚と貝がモチーフ。食材尽くしです。ちなみに日頃の家族の食事は小食堂で。3食のうち、和食は1食だけだったそうです。
正面玄関のガラスレリーフの秘密
さて、最後にもう一度正面玄関に戻り、最初に出迎えてくれる、この邸宅を象徴するルネ・ラリックによるガラスレリーフに目を向けます。フランス人ガラス工芸家・ラリックによる作品。4枚あるガラスのうち、最初から設置されていたのは両端の2枚。真ん中の2枚は、破損により、スペアとして保管されていたガラスに差し替えられています。右端のガラスには一部破損が見られるので、今のところ無傷のオリジナルは、一番左の1枚なのだとか。
ミュージアムショップも立ち寄りたい
訪れた際にはミュージアムショップとカフェにもぜひ寄りたいところ。企画展にちなんだスイーツはどれも食べるのがもったいないくらいに映えるデザイン。ミュージアムショップでは、ラジエーターカバーの意匠などを取り入れた文房具など、マニア心をくすぐるオリジナル商品が手に入ります。
ご案内いただいた板谷さんに、
「板谷さんの沼は?」とお聞きすると「允子さんですね」と即答。「戦火を逃れ、GHQの接収からも逃れ、西武鉄道に譲渡されてもそのままの形が88年守られてきたんですよね。それはなんとなく誰もが「ここは大事にしなければならない」と感じてしまう建物の魅力というか、允子さんの力というか」。
実は允子妃殿下、この邸宅が完成して5ヶ月ほどで病で亡くなられています。わずか42歳。「今みんなに『いいね、いいね』と見てもらえて、允子さんは喜んでおられるような気がするんです。『当たり前じゃないの、私が作ったんだから!』とおっしゃってそうで」。
允子さん、すごいです。完全なるパワースポット、東京都庭園美術館なのでした。
取材後、案内してくださったのは、広報担当であり学芸員の板谷敏弘さん。
ガイドブックには載っていない、オタク視点な10のポイントを教えていただきました!