【よしもとTALK】「好きなものへ向かって努力を重ねていく」田中直樹さんの自己肯定感を上げて人生が楽しくなるためのアドバイスとは?!

来年開催される関西・大阪万博に向けて、文化資源の魅力を発信する音楽イベント『まちなかMUSIC DAY~大阪大学会館でいのちをテーマに音楽を楽しもう~』が開催され、ココリコ田中直樹さんがナビゲーターとして登壇。出身地である豊中市への思いや生き物との出会い、日頃心掛けていることについて、イベント終了後にたっぷりお聞きして来ました。

世界で認められるお笑いに
笑いの新しい可能性

本日の公演への思いをお聞かせいただけますか?

田中 大阪府豊中市で生まれて20歳前までここで過ごしたので、今日は市のイベントに呼んでもらえたことが嬉しかったですね。人生の大事な時期を過ごした豊中市には思い入れがあるんです。そこに呼んでもらえたというのは、認めてもらえたような気がして、イベント中それを感じていました。

公演の中で、命をテーマにした朗読がありました。命といえば、田中さんは生き物がお好きですよね。

田中 そうなんです。本当に生き物が好きですね。今回の『100万回生きたねこ』は生と死がテーマになっている話ですが、子どもの頃、おばあちゃんの死がきっかけで、僕は死ぬことがすごく怖くなって、自分が死んだらどうなるんやろうって眠れなくなった時があったんです。そんな時に生き物を好きになって。まっすぐ死に向かって生きている生き物の姿を見ていたら、死ぬことに対しての考え方が変わりました。人間は生物学的にカタカナの「ヒト」なので、生き物と同じように、まっすぐ生きて、まっすぐ死を迎えたらいい。明日死んでも楽しいことがたくさんあったなと思えるような毎日を楽しく積み重ねていこう、と思えた時に死が怖くなくなったんです。

20歳になる年に遠藤さんと上京された田中さんにとって大阪はどのような場所ですか?

田中 東京での生活がもう33年になりますけど、生まれて20歳までずっと大阪で過ごし、相方とも出会えたので、思い出ってやっぱ濃いんですよね。ヘソ上ぐらいまで僕の半分以上を作ってくれたのが大阪です。

当時の思い出のエピソードがあれば教えてください。

田中 豊中市立第四中学校に通っていたんですけど、僕と遠藤さんで部活終わりに一緒に帰っていたら、176号線沿いにシステム手帳が落ちていたんです。”なんやろ?“って手帳を開けてその日の日付を見たら、”喫茶ココリコで待ち合わせ“って書いてあって。手帳に持ち主の名前と住所、電話番号も書いてあったので、近くにあった電話ボックスから電話したんですよ。落とし主は若い社会人風の男性だったんですが、30分後ぐらいにその場所に来てくれて、「大事な手帳を拾ってくれてありがとう」って5000円くれたんです。東京で20歳の時に受けた吉本のオーディションに合格して、その夜にもう舞台に出なさいって言われた時に、コンビ名を付けないといけなかったので、縁起がいい思い出の「ココリコ」を付けて、当時はココリコボンバーズにしていました。

来年開催の大阪・関西万博に吉本興業さんは『よしもと waraii myraii館』を出展されます。「笑いの新しい可能性を広げていくこと」をコンセプトにされていますが、田中さんの考える「笑いの新しい可能性」は何だと思われますか?

田中 『アメリカズ・ゴット・タレント』を含めて、世界中で吉本のいろんな芸人さんが評価されて、活躍できる場が増えてきてるじゃないですか。直美ちゃん(渡辺直美)もゆりやん(ゆりやんレトリィバァ)も世界に行ってるし、才能ある芸人さんたちが世界で当たり前にように笑いを取るような時代になって、ちゃんと世界で評価されるような形になっていくことが新しい可能性なんじゃないかなと思います。

好きなことだから楽しめる
落ち込んでも今が幸せ

次に田中さんご自身のことについてですが、誰からも好かれる唯一無二の存在であり続ける要因は何だと分析されますか?

田中 難しいね。なんやろ、そん時そん時を生きてる感じです。そういうのが好きなんだと思います。この世界に入った若い時は、自分がどう目立ってどう笑いをとるか、自分さえ良ければいいみたいな考え方やったんやけど、年齢を重ねていくと周りが見えてくるようになってくるやん。みんなそれぞれの責任ある役割があって成り立っているから、当たり前のことやねんけど、自分はその中の一員としてどういう役割をしたらいいのか考えられるようになりました。場を踏ませていただくことで考え方が変わったり、成長させてもらったりもしてると思います。仕事があるごとに、まわりに感謝するようになったかな。

才能溢れる人が集まる芸能界でお仕事をされる中で、自己肯定感が下がったり、しんどいなって思われたことはありましたか?

田中 いや、いっぱいあるよ。若手時代から全然前に出られるタイプじゃなくて、ビビってしまって遠藤さんに申し訳ないみたいなこともあったし。27、28ぐらいの時に、ありがたいことに少しずつ仕事が増えてきたんですけど、追いつかないんですよ、能力が…。求められてるものに全然応えられていないことに落ち込むじゃないですか。そういう時って人間関係も上手くいかないんですよね。で、そういったことがずんずん次の日も、次の日も繋がっていって、スケジュールがハードで寝る時間がなくて。いろんなことのバランスが良くないなと思っているうちに、本当に家の天井がぐるぐる回り出して、もうしんどい! って思う時期があってね。今は、もっとこうやればよかったみたいな反省はあんねんけど、それはそれでええかって思えるようになったんだよね。その代わり、生き物とか自分が好きなことがはっきりしてきて、自分が好きなことは楽しめるからもっと伸ばしていこうとか、そういったことが自己肯定感を下げ過ぎないことに繋がっていったかもね。だからきっとみんなも自分の好きなことが出てくるから、そこに向かっていってもらいたいですね。

お笑いタレントさんという仕事が好きだから続けられたということはありますか?

田中 あります! 今53歳で、今年で吉本でお世話になって33年目なんですよ。毎日の一個一個の仕事がどんどん楽しいです。自分が好きなものに向かって毎日を重ねていこうって思ってるから、その好きなことに対しての努力や準備を楽しめるようになったのね。試験もさ、やっぱ不安やと楽しくないやん? でも、試験のために前もって勉強を完璧に押さえてたらさ、試験が楽しみやったりするやん。理想はそこに持っていきたいねん。それでもうまくいかないことはたくさんあるから、53歳になっても悔しいなって思うことはあんねんけど、そういう風に思える仕事に53歳になっても就けてることは嬉しいなと思って。落ち込むことも、悩めることも、すごく幸せやなって今思うんです。

芸能界ってどんなところですか?

田中 やっぱり売れてはる人や長く活躍してはる人は、 お笑い芸人に限らず、先輩方みんな優しいです。めちゃめちゃなように見せたりしてる人もいますけど、みんな常識があって人として優しいんですよね。僕もそういう人になれたらいいなと思うし、一つひとつの現場を最高に楽しみたいと思っていて、それが楽しいし、なんかワクワクするところです。

特集テーマ
ココリコ田中直樹さんの
「長〜く愛しているもの」

田中 シャウエッセンです! 長く愛してます。冷蔵庫に必ず入れてます。最近、朝ごはんはちょっとにしているので、 お昼に食べてます。フライパンでコロコロ炒め焼きにして、皮がパリッと破れる直前を見計らって火を止めます。いつもケチャップを付けますが、粒マスタードもあったらいいですね。

読者プレゼント

田中直樹(たなかなおき)naoki tanaka

1971年4月26日生まれ
大阪府豊中市出身

<まちなかMUSIC DAY~大阪大学会館でいのちをテーマに音楽を楽しもう~>