【どっこいしょニッポン連動企画】法学部から畜産の世界へ 和牛生産者に聞く、 美味しい牛肉の秘密と農業の可能性

畜産 高校生 和牛

今月はこれまで知らなかった「畜産」の世界を覗いてみよう!ということで、みんなが大好きな「お肉」の生産現場を取材。

「かずさ和牛」を生み出す千葉県鴨川市の生産者・髙梨牧場の髙梨裕市さんに、都立農産高等学校の4人が、お話を伺いに行ってきました。

世界の名シェフから愛される
美味しい和牛の秘密はビタミンC!?

髙梨牧場さんのお仕事について教えてください!

肉用牛は、基本的に「繁殖」「育成」「肥育」という分業制になっているのですが、僕らのところは最終的に消費者の方に食べていただくところまでを仕上げていく“肥育業”を行っています。人間で言うと、小学生くらいの子を育てて成人させてあげるようなイメージでしょうか。

ここにはどれくらいの牛がいるんですか?

黒毛和牛が300頭、肉用牛のホルスタインが70~80頭ほどいます。

髙梨牧場の「かずさ和牛」は数々の賞を受賞されていますが、美味しいお肉を生み出すために、どんな工夫をされているんですか?

伝統的な手法を大切にしながらも、同時に現代の研究理論を融合させています。

理論、ですか!?

はい、今、肥育技術はとても進歩しているんです。僕らが所属している「名人会」(※全国で配合飼料「名人」を給与している肉牛生産者で構成された組織)の技術員さんにご指導いただき、4年ほど前から「ルーメン・バイパス・ビタミンC」という技術に取り組んできました。特定の時期にビタミンCを取り入れることで脂肪の代謝を根幹から改善し、より健康的に無駄なく充実した美味しい牛肉をつくることができるのです。

ビタミンCって、あのビタミンCですか!?

そうですね。和牛にとって「美味しさ」を大きく左右する脂質は、さまざまなもので構成されていて、食べた瞬間に“とける”とか“あまい”という食味として感じる部分にも影響するんです。正直、この技術が生まれる前と後では、“過去の牛” “これからの牛”というくらい違います。

美味しいお肉って、理論に基づいて生み出されているんですね。

初めて京都大学の矢野教授が提言されたのが10年ほど前。昨年5月には、この理論でのひとつの成功事例として、髙梨牧場のデータを京都大学の学会で採用していただきました。

他にもお肉を美味しくするための工夫はありますか?

ビタミンC以外に米油(こめあぶら)があります。米由来の油分によってつくられる牛肉がより美味しいということが成分解析されているので、それを配合飼料でも使い、出荷前にはさらに米油を既存の配合飼料に追加しています。他には、人間でも胃腸の調子を整えるためにヨーグルトなどを食べて善玉菌を増やすのと同じように、米ぬかを食べさせたりもしています。

美味しい和牛は、人間と同じように大切に育てられているんですね。

和牛というのは常に交配が繰り返されて年を追うごとに進化していますので、僕としては、良い牛をつくろうというよりも、どれだけ今の和牛の能力を開花させられるか、そのお手伝いをさせてもらうというイメージです。たとえそれが表彰していただいた和牛であっても、もっと能力があったのではないかと考えることがあります。

本当にその方法が正しいのか
当たり前を常に疑い、考え続けている

お仕事は朝早くて夜遅くまでという、とても毎日が大変なイメージなのですが、実際の生活はどんな感じなのですか?

僕は働き方自体を作っていくことも“農業”だと思っていて、皆さんが思われるほど特別に朝が早かったり、夜が遅かったりということはありません。お昼の休憩もしっかりと取っています。もちろん努力を必要とするのは言うまでもありませんが、それが「時間=結果」ではないと思うんです。例えば1日1時間考えた方が生産性は上げられると思うので、僕は「考える時間」を大切にしています。

例えばどんなことを考えられているんですか?

考え方や常識を疑うこと、結果をデータとして残し検証することなどです。他業種の方のお話を聞いて農業に活かすこともありました。また世代交代が進み行く中で新規就農者は少なく、農業従事者自体は減少の一途を辿っています。しかしながらそのような時代背景だからこそ若手農業者は活躍の場を広げられるチャンスがあると思いますし、新たな価値観や方法論を模索することでやりがいを感じながら、たくさんのことにチャレンジして行けるとも思っています。学生時代に勉強やスポーツで全国で表彰されるようなことは難しいですが、そういった意味では農業には可能性があるのではないかなと思います。

若手の方がされている牧場ではIT化も進んでいるとお聞きしたのですが、現代的な機械の導入もあったりしますか?

まだ導入はしていませんが、今注目しているものがあります。牛は成長していくと出荷前は900kgを超えるようになります。その頃、横になって寝た時に、自分で起き上がれなくなってそのまま死亡してしまう事故が起きることがあるんです。大切に育てた和牛が食されて全うする命であれば報われますが、ただ命を落としていくことは生産者として悲劇そのもので、経営的にも大きな打撃となります。これはもう何十年来、人間の目で発見して、ロープなどを使ってマンパワーで起こす以外の方法はなく、どうしても避けられないことでした。しかし今、首にセンサーを付けて危険な牛がいればスマホに知らせてくれるようなシステムが開発されていて、それが実用化されたらいち早く取り入れたいなと思っています。

法学部から農業の世界へ
一度離れたからこそ見えた、新しい可能性

髙梨さんはどんな高校生だったんですか?

僕は本当にどこにでもいる学生でした(笑)。牧場の長男として生まれましたが、中高大学と農業の専門には一度も行っていないんです。牧場に従事したのは28歳。牧場の仕事はやっぱり大変なことも多いので、うちの両親は「継げ」とも「継ぐな」とも何も言わなくて。

大学は何学部に行かれたんですか?

大学は法学部でした。“異色”と言われることもありますが、実はこの世界には20代はサラリーマンとして活躍されていた方も多く、飼料メーカーや製薬メーカーに携わっていてこの世界に入られる方もいらっしゃれば、まったく違う業種を経て農業を始められる方も最近は多く聞きます。

髙梨さんが牧場に戻られたきっかけは何かあったのですか?

26歳くらいから牧場の手伝いを始めたのですが、ある時、僕が生まれてここまで育ててもらった背景には、牛の命があったのだということに気がつかされたことがありました。それは、後頭部を殴られたくらい、僕の中では衝撃でした。そこからは、牛に恩返しをしたいと言ったらおこがましいんですが、牛と共に生きていこうと思いました。

一度外の世界に出て良かったと思われますか?

僕自身は、いろんな経験をして、農業を外の世界から見られたことはとても良かったと思っています。そのことが、いろんなチャレンジのきっかけになったとも思いますし、もしずっとこの中にいたら、従来のやり方をただなぞっていただけだったかもしれません。

ちなみに学生の頃、得意教科は何でしたか?

体育かな(笑)。高校の頃は勉強が全然好きではなくて、高校生の頃も部活(野球部)をしたり、とても田舎なので東京に憧れていて、映画を観に行ったりライブハウスに行ったりするような普通の子でした。ただひとつ違うのは、牧場の子だったということだけで。ただ、何にでも興味を持つと、ずっと掘り下げて行くことが好きだった部分はあるかもしれません。何でも掘り下げた経験は、後で必ず役に立つと思います。

最後に、このお仕事で大変なことと嬉しいことを教えてください。

大変なことかぁ…。何だろう…? もちろんあるのですが、すぐに思いつかないということは、あまり僕は大変と感じていないのかもしれないですね(笑)。体力的や技術的に大変と思うことって誰もがそう感じることだから、そこにチャンスがあるわけじゃないですか。そこをクリアすれば、人よりも1mm、前へ出られるということだと思うから。

視点を変えると、そういう見方ができるんですね! では、嬉しいと思うことは何ですか?

食べてくださった方に「美味しい」と言ってもらえたら本当に嬉しいです。賞として評価していただくこともそうですが、最近ではシェフの方と繋がりを持たせていただくこともあって、必ずしも「有名なブランド牛=美味しい」というものだけではないと思いますし、僕の育てた和牛やそれに向かう姿勢を誰かが見てくださっているということが今はすごく嬉しいですね。和牛づくりに関する技術を磨く一方で、体温のある、人との繋がりも同じくらいとても大切だなと感じています。

「かずさ和牛」のローストビーフを
試食させていただきました!

「口に入れた瞬間、まったりととろけて、まるでチーズか生クリームを食べているようで、本当に美味しかったです。農業の新しい形を模索しながら、牛を大切に育てられておられる髙梨さんのお仕事の話を聞いた後に食べるお肉の味は、なおさら感慨深いものがありました。お話の中で何より印象的だったのは、お仕事で大変なことは? とお聞きした時に、高梨さんが「すぐに思いつかない」と笑っておられたことでした。このお仕事を楽しんでおられるのがとても伝わってきて、なんだかとても勇気をいただきました」

関東版
都立農産高等学校 上田寛敏(高1)/ 柳沢彩佳(高1)/ 佐藤千年(高1)/ 野口優真(高1)
髙梨裕市さん株式会社髙梨牧場

「名人会」の一員として最先端の肥育理論・技術に取り組み、美味しい和牛を目指す。ここで生み出される千葉県特産「かずさ和牛」は国内最大の共励会である全国肉用牛枝肉共励会の和牛去勢の部で優良賞を受賞、その味は世界の名シェフからも愛される。‘17年には総合農業情報サイト「マイナビ農業」の「ふるさと納税 ブランド和牛Best5」にも選出されている。

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